大判例

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東京地方裁判所 昭和60年(特わ)2838号 判決

本籍

東京都田無市谷戸町三丁目三〇八八番地

住居

同市谷戸町三丁目一四番一四号

会社役員

長谷川多一

昭和二七年七月三〇日生

本籍

東京都文京区西片二丁目四番地

住居

同区西片二丁目一一番一号 メゾン西片町一〇二号

会社役員

木下晴康

昭和一六年二月二二日生

右両名に対する各相続税法違反、所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官宇井稔、同櫻井浩出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人長谷川多一を懲役一年六月及び罰金五〇〇〇万円に、被告人木下晴康を懲役一年四月にそれぞれ処する。

被告人木下晴康に対し、未決勾留日数のうち二〇日をその刑に算入する。

被告人長谷川多一においてその罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

被告人長谷川多一に対し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人長谷川多一は、東京都田無市谷戸町三丁目一四番一四号に居住して農業を営み、昭和五七年六月二六日実父安平の死亡により同人の財産を他の相続人と共同相続した者、被告人木下晴康は、ガス事故防止装置の販売等を目的とする株式会社ジーエスイーなどの代表取締役を務めるかたわら、「全日本同和会宮城県連合会常任理事」等と称して、納税者の納税申告等に介入することを業としていた者であるが、被告人両名は、共謀のうえ、

第一  架空の連帯保証債務及び未払寄付金を計上して課税価格を減少させる方法により被告人長谷川の相続税を免れようと企て、昭和五七年一二月二七日、東京都東村山市本町一丁目二〇番二二号所在の所轄東村山税務署において、同税務署長に対し、被相続人長谷川安平の死亡により同人の財産を相続した相続人全員分の正規の相続税課税価格は二二億三七九〇万八〇〇〇円で、このうち被告人長谷川分の正規の課税価格は一三億八一九二万九〇〇〇円であった(別紙(1)相続財産の内訳((総額分))((長谷川多一分))及び別紙(2)脱税額計算書参照)のにかかわらず、右安平には有限会社T・P・C(代表取締役佐藤利明)、有限会社三晃(代表取締役塩田日出雄)及び西野日出夫に対する合計一億二〇〇〇万円の連帯保証債務と宗教法人慈雲院(代表者青木泰顕)に対する未払寄付金一億五〇〇〇万円とがあり、右安平の相続人である被告人長谷川においてこれを負担すべきこととなったので、取得財産の価額からこれらを控除すると相続人全員分の課税価格は一九億六七九〇万八〇〇〇円で被告人長谷川分の課税価格は一一億一一九二万八〇〇〇円となり、これに対する同被告人の相続税額は七億五四八〇万五〇〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書(昭和六〇年押第一四七七号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同被告人の正規の相続税額九億一六七四万二〇〇円と右申告税額との差額一億六一九三万五二〇〇円(別紙(2)脱税額計算書参照)を免れた

第二  被告人長谷川の昭和五八年分の所得税を免れようと企て、真実は東京都田無市谷戸町三丁目三一〇〇番一及び同所三〇四八番二の二筆の土地を被告人長谷川が株式会社双葉建設(代表取締役小川晃)に対して代金五億八三〇〇万円で売却したものであるのに、右売買の間に被告人木下経営の株式会社ジーエスイー東京を介在させて被告人長谷川が同社に対して代金三億二七四七万四〇〇〇円で売却し、かつ、同社から右双葉建設に対して代金五億八三〇〇万円で売却したかのごとく仮装するとともに、被告人長谷川に計上した架空の連帯保証債務の履行のために右土地を売却し、その履行に伴う求償権の行使ができなくなったかのごとく仮装する方法により所得を秘匿したうえ、昭和五八年分の被告人長谷川の実際総所得金額が二一八万二八六七円で、分離課税による長期譲渡所得金額が三億一八七万七一九円であった(別紙(3)修正損益計算書((所得合計))((分離長期譲渡所得))参照)のにかかわらず、同五九年三月一二日、前記東村山税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が二一八万二八六七円でこれに対する所得税額は源泉所得税等を控除すると五万九二〇〇円であり、分離課税による長期譲渡所得金額は所得税法六四条二項によって零となるからこれに対する所得税額はない旨の虚偽の所得税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により同五八年分の正規の所得税額九九九〇万六九〇〇円と右申告税額との差額九九八四万七〇〇〇円(別紙(4)脱税額計算書参照)を免れた

ものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実につき

一  被告人長谷川(第四回公判期日におけるもの)及び同木下(第五回公判期日におけるもの)の当公判廷における各供述(ただし、各被告人の供述は、各自の関係でのみ証拠とする)

一  被告人長谷川(昭和六〇年一〇月三日付、同月七日付((二通))、同月八日付)及び同木下(同月四日付、同月五日付、同月六日付、同月七日付、同月一〇日付)の検察官に対する各供述調書

一  吉田松雄、西野日出夫(二通)、佐藤利明、青木健、山口幸夫及び小川晃の検察官に対する各供述調書

一  収税官吏作成の次の各調査書

1  保証債務調査書

2  未払寄付金調査書

3  相続財産の総額調査書

一  押収してある相続税の申告書一袋(昭和六〇年押第一四七七号の1)

判決第一の事実につき

一  被告人長谷川(昭和六〇年九月二六日付)及び同木下(同年一〇月三日付)の検察官に対する各供述調書

一  長谷川弘之、尾崎京子及び長谷川たか(二通)の検察官に対する各供述調書

判決第二の事実につき

一  被告人長谷川の昭和六〇年一一月一六日付及び同月二〇日付(二通)の検察官に対する各供述調書(被告人木下の関係では謄本)

一  竹内利廣及び被告人木下(同年一一月二二日付)の検察官に対する各供述調書(被告人長谷川の関係では謄本)

一  検察事務官作成の捜査報告書(被告人長谷川の関係では謄本)

一  収税官吏作成の次の各調査書(被告人長谷川の関係ではいずれも謄本)

1  収入金額調査書

2  取得費調査書

3  保証債務調査書

4  必要経費調査書

5  特別控除額調査書

6  除外した課税所得調査書

一  押収してある被告人長谷川の昭和五八年分所得税確定申告書一袋(同押号の2)及び同年分の譲渡所得税申告書の添付書類一袋(同押号の3)

(法令の適用)

一  罰条

1  被告人長谷川

判示第一の所為につき刑法六〇条、相続税法六八条一、二項

判示第二の所為につき刑法六〇条、所得税法二三八条一、二項

2  被告人木下

判示第一の所為につき刑法六五条一項、六〇条、相続税法六八条一項

判示第二の所為につき刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項

二  刑種の選択

1  被告人長谷川

判示各罪につき、いずれも懲役刑及び罰金刑の併科

2  被告人木下

判示各罪につき、いずれも懲役刑を選択

三  併合罪の処理

1  被告人長谷川

刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第一の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項

2  被告人木下

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第一の罪の刑に加重)

四  未決勾留日数の算入

被告人木下につき刑法二一条

五  労役場留置

刑法一八条

六  刑の執行猶予

被告人長谷川の懲役刑につき刑法二五条一項

(量刑の事情)

被告人木下は、本件各犯行当時、ガス防災機器の販売等を目的とする株式会社ジーエスイーなどの代表取締役をしていたほか、昭和五四年ころから、「東日本同和会東京城西地区本部長」、「全日本同和会宮城県連合会常任理事」等と称して、納税者の納税申告等に介入してこれを請負うなどを業とし、その一環として本件各犯行に及んだものである。同被告人は、右のような方法による手数料獲得のため、知人に対し、仲介手数料を払うので税金で困っている人がいたら紹介してほしいと呼びかけており、本件の共犯者である被告人長谷川もこのようなルートを通じて紹介を受けたものであるが、被告人木下は、税金を少なく済ませたいと考えていた同長谷川に対し、全日本同和会宮城県連合会常任理事であることを示して、税の申告手続を任せてくれれば、相続税約一億円と譲渡所得税一億円をそれぞれ少なく済ませることができるなどと言葉巧みに持ちかけ、その委任を文書で確約させた後に具体的な脱税手段を明らかにして被告人長谷川と共謀して本件脱税を行ったものである。

本件において判示第一の事実のほ脱税額は、一億六一九三万円余、判示第二の事実のそれは九九八四万円余といずれも高額であるうえ、そのほ脱率も土地譲渡所得に関しては一〇〇パーセントと高率である。しかも、その手口は、相続税法一三条の規定や所得税法六四条二項の規定を悪用し、架空の連帯保証債務や未払寄付金債務を計上したり、土地の売買においては、被告人木下の経営する会社を中間に介在させて売買益を大巾に圧縮するなどして、相続税の課税価格及び土地譲渡所得を大巾に圧縮したというものであり、それを裏付けるものとして虚偽の金銭借用証書、土地売買契約書、寄付金の受取証などをねつ造する一方、税務署に対しては同和団体の勢威を背景に申告するなど大胆かつ巧妙なものであって、その態様は悪質である。

被告人個別の情状をみるに、被告人木下は、税金を少なく済ませたいとする納税義務者の心理に乗じて、多額の報酬を目的として被告人長谷川に脱税を勧め、かつ前記のような脱税手段を考案し、犯行を終始主導的に実行したもので、租税秩序に対する積極的妨害という点では、納税義務者たる被告人長谷川と比べても一層悪質である。加えて、被告人木下は、本件に関し、報酬及び同被告人の経営する会社に対する出資金などとして、被告人長谷川から合計約一億数千万円もの大金を拠出させているが、さらに種々の名目で同被告人に金を支出させたり同被告人の母親の土地を被告人木下経営の会社の一〇億円を超える借入金の担保として提供させるなどしていること、前記のとおり本件各犯行は、他人の納税申告に介入することを業としていた被告人木下の脱税関与の一環としてなされたことが窺われること等をも考慮すると、被告人木下の刑事責任は重いといわなければならない。したがって、同被告人については、被告人長谷川ないし同被告人の母親に対し、利得金の一部金三四〇〇万円を返還し、また、保釈保証金二五〇〇万円を返還金に充当することとし、更にその余の被告人長谷川らに対する債務についても支払の努力を約していること、前科前歴がないこと、事実を認め、当公判廷において反省の態度を表していること、現在同和団体から手を引いていること等同被告人に有利な事情を最大限斟酌しても、前記刑事責任の重大性に鑑み、主文程度の実刑はやむを得ないと思料した。

また、被告人長谷川については、本件全体の脱税方法を考案し、その大半を実行に移したのは被告人木下であり、本件各犯行が同被告人主導のもとに行われたことは事実としても、納税義務者は被告人長谷川であり、同被告人が脱税に同意しなければ本件は成り立ち得なかったのみならず、脱税の具体的方法を告げられた後も、何ら躊躇することなく被告人木下の脱税の発覚防止工作に協力するなど、その関与の程度も小さくなかったことを考えると、同被告人の誘いに安易に乗り、同被告人と共謀して本件各犯行に及んだ被告人長谷川の責任も軽視できないといわなければならない。しかしながら、同被告人は、本件各犯行において、被告人木下に比較して従属的立場にあり、同被告人の手数料稼ぎに利用されたとの面も存すること、本件を反省し、それぞれの税金につきいずれも修正申告のうえ、本税のみならず重加算税も完納したこと、右税金の支払及び同被告人の母の土地の担保権実行を阻止するために自己の相続した財産の殆んどをつぎこんだことが窺われること、前科としては昭和四八年に業務上過失傷害罪により罰金刑に処せられたことがあるのみで、他に前科前歴がないこと等有利な事情も認められるので、これらを総合考慮して、懲役刑の執行を猶予することとした次第である。

(求刑 被告人長谷川多一につき懲役一年六月及び罰金八〇〇〇万円、被告人木下晴康につき懲役一年六月)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 石山容示 裁判官 鈴木浩美)

別紙(1)

相続財産の内訳

昭和57年6月26日

長谷川多一

〈省略〉

別紙(2)

脱税額計算書

〈省略〉

別紙(3)

修正損益計算書

自 昭和58年1月1日

至 昭和58年12月31日

〈省略〉

別紙(4)

脱税額計算書

〈省略〉

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